スキルファースト すきるふぁーすと
近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。
本用語集では、企業の人事戦略において昨今注目されている「スキルファースト」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。
目次
「スキルファースト」をひとことでいうと?
スキルファーストとは、従業員のスキルを中心に据えた人事戦略のことを指します。従来の学歴や経歴重視の採用・育成方針から転換し、個人が持つ具体的なスキルや能力に焦点を当てるアプローチです。
スキルファーストの基本概念
スキルファーストの基本概念は、従業員の具体的なスキルと能力を中心に据えた人事戦略です。この方式では、従来の学歴や経歴重視の方針から脱却し、個人が持つ実際の能力に焦点を当てます。これにより、組織の適応力を高め、個人の成長を促進し、急速に変化するビジネス環境に対応することを目指しています。
スキルファーストが注目される背景
スキルファーストという言葉は、2016年頃からテクノロジー企業を中心に注目されるようになりました。当時IBM最高経営責任者(CEO)のバージニア・ロメッティが「New Collar Jobs」イニシアチブを発表し、学位よりもスキルを重視する採用方針を打ち出したことが、スキルファーストの考え方を広めるきっかけとなりました。
スキルファーストが注目される背景には、労働市場の深刻な課題があります。
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- スキルと人材不足による経済成長の停滞
急速な技術革新やグローバル化に伴い、企業が必要とするスキルと実際の労働力のスキルとの間にミスマッチが生じています。この不一致が、企業の成長や経済全体の発展を阻害する要因となっています。
- 従来の採用方法の限界
学歴や経験に過度に依存した従来の採用方法では、潜在的な才能や能力を見逃してしまう可能性があります。多様な背景を持つ有能な人材の発掘が妨げられ、組織の改革力が制限される恐れがあります。
- スキルと人材不足による経済成長の停滞
これらの課題に対応するため、スキルや能力に焦点を当てることで、労働市場の需給ギャップを埋め、多様な才能を発掘・育成することが期待されています。
スキルファーストと従来の人事戦略の違い
従来の人事戦略と比較すると、スキルファーストは個人の具体的なスキルと能力に焦点を当てる点で大きく異なります。この新しいアプローチは、組織の競争力を高めるとともに、個人の成長の機会を拡大します。
従来の人事戦略 | スキルファースト | |
評価 | 学歴・経歴重視 | スキル・能力重視 |
職務設計 | 固定的な職務設計 | 柔軟な職務設計 |
キャリアパス【1】 | 長期的なキャリアパス | 短期的・中期的なスキル目標 |
学習 | 一律的な研修 | 個別化された学習機会 |
スキルファーストの実践方法 (フレームワーク)
世界経済フォーラムでは、最新の研究や実例、専門家の意見をもとに、スキルファーストを推進するための初期フレームワークを提案しています。このフレームワークは、企業や政府がスキルファーストのアプローチを迅速かつ持続的に導入できるよう、重要な成功要素と具体的な行動の2つの領域に分かれています。
出典:PuttingSkills First: A Framework for Action (May 2023) | 世界経済フォーラム
イネーブラー(成功要素)
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- 文化、政策、マインドセットの変革
スキルを重視する企業文化を取り入れ、政策の整備や従業員の意識を変える取り組みを進めます。 - 共通スキル言語の採用
スキルの定義を標準化し、用語を統一することで、情報の透明性を高め、コミュニケーションを円滑にします。
- 文化、政策、マインドセットの変革
アクションエリア(行動領域)
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- 必要なスキルとギャップのマッピング
現在と将来に必要なスキルを明確にし、不足しているスキルを分析します。 - 革新的なスキル評価方法
必要なスキルを職務内容に反映し、新しい評価方法を導入します。 - 業界・学習機関・政府との連携
業界や学習機関、政府と協力して、スキルを基盤としたトレーニングプログラムを共同で開発します。 - 生涯学習の推進
誰もが学び続けられるように、学習機会を増やし、学習を促進します。 - スキルベースのキャリア開発と再配置
スキルに基づいたキャリアパス【1】の道筋を作り再配置支援を行います。
- 必要なスキルとギャップのマッピング
スキルファーストの取り組みと成功事例
IBM: SkillsBuild
IBMのスキルファースト戦略「IBM SkillsBuild」は、デジタルスキルギャップを埋めるための無料教育プログラムとして大きな成果を上げています。
- 20言語で1,000以上のコースを提供。技術的スキルとワークプレーススキルの開発を支援
- 高校生、大学生、社会人など幅広い層を対象にデジタルデバイド【2】の解消と社会経済的公平性の向上を目指す
- 2023年だけで45の新しい協力関係を結び、世界中の学習者にリーチ
IBMは2030年までに3000万人のスキル向上を目指し、3年間で200万人にAIトレーニングを提供する計画を発表しています。
Natixis: Jobs in Motion
Natixisは、フランスの銀行グループGroupe BPCEのグローバル金融サービス部門で、スキルファーストを促進する全社的な変革管理イニシアチブを実施しました。
- AIを活用したスキル管理ツール「Jimmy」を38カ国の10,000人以上の従業員に展開し、約65%の従業員がスキルプロフィールを完了
- フランスの従業員の平均研修時間が35%増加、世界的な内部異動率が9.25%上昇
- 520人以上の従業員がStep-Up Academyでリスキリング【3】またはアップスキリング【4】を受け、42%が新しい職務に移行
AIの活用、戦略的な人材計画、学術と実務を組み合わせたトレーニングプログラムを実施し、従業員のスキル向上と内部異動の促進を実現しています。
SAP: Skills Transformation Programme
SAPは、ドイツを拠点とする情報技術およびデジタルコミュニケーション企業でCOVID-19パンデミック時のデジタル移行と職場変革を背景に、スキルファーストの取り組みを進めています。
- 市場に合わせたスキル言語を提供し、特定のスキルに焦点を当てた採用を実現
- プログラムの参加者は、非参加者より生産性が55.5%向上し、成約数が24%増加
- 開発者コミュニティでは、学習イベントへの参加登録が5倍に増加し、92%の満足度を達成
SAPの取り組みは、スキルベースの人材管理を通じて、従業員の能力開発と組織の競争力向上を同時に実現しています。
スキルファーストの導入における課題と対策
スキルファーストは現代の人材戦略において不可欠なアプローチですが、いくつかの課題が伴います。これらの課題を効果的に対策することで、スキルファーストを成功に導くことが可能です。
評価基準の不透明さと客観性の欠如
課題
スキル評価の客観性を確保することは非常に重要です。個人のスキルを公平かつ正確に評価するためには、明確な基準と評価方法の確立が不可欠です。
対策
各職務に必要なスキルを視覚化し、従業員がどのレベルにあるかを明確に把握できるスキルマッピング【5】を採用して、どの分野でスキルが欠如しているのかを把握しトレーニングを計画します。また、外部の評価ツールを活用してスキルを客観的に評価できるプラットフォームの導入も効果的です。
学習意欲の低い従業員への働きかけ
課題
従業員の中には、学習意欲が低い者も存在します。特に長年の経験や学歴を重視してきた従業員にとっては、新しいアプローチへの適応が難しい場合があります。
対策
新しいスキルを習得した従業員に対して、昇進や昇給、特別な報酬などのインセンティブを提供することも効果的です。さらに 一律の研修だけではなく、キャリア目標やスキルレベルに応じた学習プログラムを提供することで、学習の価値を従業員自身が実感しやすくなり、モチベーションの向上が期待できます。
必要なスキルの急速な変化
課題
技術の進化が早い現代では、習得したスキルが短期間で時代遅れになるリスクがあります。企業は新しいスキルを持つ人材を採用しても、すぐにそのスキルが陳腐化してしまい、投資効果が薄れてしまう可能性があります。
対策
テクノロジーや業界トレンドに合わせて、研修や学習のカリキュラムを定期的に見直します。さらに、特定のスキルに依存せず、異なる分野へのキャリアチェンジが容易になるような柔軟なキャリアパスを設計します。
経営者・人事担当者のための「スキルファースト」Q&A
Q1: 「 スキルファースト」と従来の人事戦略の違いは何ですか?
A: スキルファーストは従業員の具体的なスキルや能力に焦点を当てるアプローチです。従来の戦略が学歴や経歴を重視するのに対し、スキルファーストは実際の能力とその活用に重点を置いています。
Q2: 「スキルファースト」は中小企業でも導入できますか?
A: はい、中小企業でも導入可能です。むしろ、組織の規模が小さいほど、柔軟な導入が可能な場合があります。ただし、リソースの制約を考慮し、段階的な導入や外部リソースの活用を検討するとよいでしょう。例えば、オンライン学習プラットフォームの活用などが考えられます。
Q3: 「スキルファースト」と成果主義はどのような関係にありますか?
A: スキルファーストと成果主義は、相互補完的な関係にあります。スキルファーストはスキルの獲得と活用に焦点を当てる一方、成果主義はそのスキルを活用した結果としての成果を評価します。両者を適切に組み合わせることで、スキル開発のモチベーションを高めつつ、実際の業績向上にもつなげることができます。
まとめ
スキルファーストは単なる人事戦略の変更ではなく、組織全体の競争力と個人の成長を同時に実現するアプローチとして、その重要性が高まっています。急速に変化する現代のビジネス環境において、スキルファーストは企業と個人の双方にとって、持続可能な成長と発展を実現する鍵となります。
スキルファーストの導入には課題もありますが、適切な対策を講じることで、その効果を最大限に引き出すことができます。今後、AIやグローバル化の進展により、スキルファーストはさらに進化していくでしょう。
関連用語
【1】キャリアパス(Career Path)
従業員の職業人生における成長の道筋。個人の能力開発や目標達成を支援するとともに組織の人材育成戦略にも役割を果たす。
【2】デジタルデバイド(Digital Divide)
情報技術へのアクセスやパソコンなどの利用能力の格差。年齢、地域、経済状況などの要因により生じる可能性がある。
【3】リスキリング(Reskilling)
従業員に新しいスキル、能力を習得させることで、職場の変化や新たな業務にも対応できるようにする取り組み。
【4】アップスキリング(Upskilling)
現在の職務や役割でより高度な能力を身につけるため、既存のスキルを向上させたり、新しいスキルを習得したりすること。
【5】スキルマッピング(Skills mapping)
組織全体のスキル状況を可視化し、現在の組織能力と将来必要となるスキルのギャップを特定する手法。