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ISO30414 あいえすおーさんぜろよんいちよん

公開日:2024.11.12
ISO30414

近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。

本用語集では「ISO30414」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。

「ISO30414」をひとことでいうと? 

ISO30414は、企業の「人」に関する情報を透明性と一貫性を持って開示する国際的なガイドラインです。

ISO30414の基本概念

ISO30414は、2018年12月に国際標準化機構(ISO: International Organization for Standardization)が発行した、企業の人的資本【1】に関する情報を開示するための国際標準ガイドラインです。人的資本とは、企業における従業員のスキル、知識、経験、能力、健康などの価値を指し、ISO30414はこれらの要素を客観的に評価し、透明性をもって報告するための基準を提供しています。このガイドラインは、企業がステークホルダー【2】に対して、従業員に関するデータを正確に提供し、企業の持続可能性や成長性を評価することを目的としています。

ISO(国際標準化機構)とは    

ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)は、国際的な標準規格を開発・発行する非政府組織です。

  • 1947年設立。本部はスイスのジュネーブ
  • 世界中の国家標準化団体が加盟。国際的な協力体制を構築
  • 製品品質、環境管理、情報セキュリティなど、幅広い分野で標準規格を策定
  • ISOの規格は国際貿易の円滑化や品質向上に大きく貢献

ISOの規格は、組織が国際的に認められた基準を満たしていることを示す重要な指標となっており、ビジネスの信頼性向上や製品の品質保証に役立っています。

参考リンク:ISO(International Organization for Standardization)

人的資本に関する情報開示が注目される背景

ISO30414が注目されている理由には、以下のような社会的・経済的な動きが関係しています。

ESG投資【3】の拡大

ISO30414が注目される最大の理由の一つは、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大です。人的資本や社会への企業の貢献度が投資判断に大きな影響を与えるようになっています。従業員の多様性やエンゲージメント、健康管理といった人的資本も、企業の長期的な成功にとって重要な要素とみなされています。ISO30414は、これらの人的資本に関する情報を標準化し、ステークホルダーに分かりやすく報告するためのツールです。

ステークホルダー重視の経営モデル

企業経営の新たな潮流として、株主だけでなく従業員、顧客、地域社会、取引先など多様な関係者の利益を考慮する方針が広まっています。この経営モデルでは、従業員の幸福度や能力開発などの人的要素が企業価値の重要な指標となっています。ISO30414は、こうした人的資本の価値を体系的に評価し、報告するための国際基準として注目を集めています。

人材版伊藤レポート【4】の発表

2020年9月に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(通称:人材版伊藤レポート)も、ISO30414が注目される背景の一つです。この報告書は、企業の持続的な価値向上における人的資本の重要性を強調し、その情報開示の必要性を提言しています。ISO30414はこの提言に沿った国際的な基準として位置づけられています。

SECの人的資本開示規則の改定

2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)は人的資本に関する開示規則を改定し、上場企業に対してより詳細な人的資本情報の開示を求めるようになりました。この動きは、グローバルな投資環境において人的資本情報の重要性が高まっていることを示しており、ISO30414のような国際的な基準の需要を後押ししています。

海外における人的資本の情報開示をめぐる動向

人的資本の情報開示に関する国際的な動向は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック以前から活発化していました。特に欧州と米国では、企業の人的資本に関する情報開示を促進するための法規制や基準の整備が着実に進められてきました。

欧州

2014年 :EUが非財務情報開示指令(NFRD)において「社会と従業員」を含む情報開示を義務づけ (従業員500人以上の企業対象)

2019年: ISOが人的資本マネジメントに関して社内議論用・社外開示用の指標を整理(ISO30414)

2021年 :欧州委員会(EC)が非財務情報開示指令の改定案を発表
 (対象企業の拡大、開示情報の更なる具体化)

米国

2019年 :サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が改訂版スタンダードを公表
 (人的資本の領域について、重要項目の開示を要求)

2020年 :米国証券取引委員会(SEC)が人的資本に関する情報開示を義務化
 (Regulation S-K改正)

 

 

参考リンク:人的資本経営に関する調査について|経済産業省 産業人材課

日本におけるISO30414認定企業の事例 

人的資本の情報開示に関する動きは、グローバルな潮流の中で日本でも活発化しています。日本の企業でもISO30414の導入を進めており、これらの取り組みは、日本における人的資本情報開示の先駆的な事例として注目されています。

日本初 ISO30414認証を取得〜株式会社リンクアンドモチベーション

2022年、リンクアンドモチベーションは日本・アジア初のISO30414認証を取得しました。人的資本経営のリーディングカンパニーとして、同社は自社の人的資本情報を積極的に開示しています。特に従業員エンゲージメント【5】向上に重点を置き、自社の人材マネジメントを強化しました。また、認証と同時に「Human Capital Report 2021」を発行し、他企業のISO30414認証取得支援サービスも展開しています。

参考リンク:株式会社リンクアンドモチベーションプレスリリース
Human Capital Report 2021|株式会社リンクアンドモチベーション

食品企業として世界で初めてISO 30414の認証を取得〜日清食品ホールディング株式会社

日清食品ホールディングスは、食品企業として世界初のISO30414認証を取得し、人的資本経営の先駆者として注目を集めています。人材を企業価値の源泉と捉え、企業内大学【6】「NISSIN ACADEMY」を設立し、社員の能力開発と組織の競争力強化に注力しています。また、認証の取得に合わせて「Human Capital Report 2023」を発行し、食品業界における人的資本経営のモデルケースとなることが期待されています。

参考リンク:日清食品ホールディング株式会社プレスリリース
Human Capital Report 2023|日清食品ホールディング株式会社

グローバルで22社目となるISO 30414の認証を取得〜株式会社電通総研

電通総研は「HUMANOLOGY for the future」というビジョンのもと、ISO30414認証をグローバルで22社目として取得し「Human Capital Report 2024」を公開しました。人的資本経営の重要性、従業員の多様性や健康経営の推進、人材育成プログラムの充実など、自社の人材マネジメントの強化に取り組んでいます。また、人材への投資が企業価値を高めると考え、従業員エンゲージメントや労働生産性の向上など人的資本経営を推進しています。

参考リンク:株式会社電通総研プレスリリース
Human Capital Report 2024|株式会社電通総研

ISO30414の人的資本に関する具体的な領域 

ISO30414は人的資本に関する11の領域と58の指標を定義しています。これらの領域は、組織の人的資本の状況を包括的に把握し、企業が情報を開示するための枠組みを提供します。

コンプライアンスと倫理

企業が法律や倫理規範を守っているかを示す領域。
従業員の行動規範の遵守率、内部通報制度の利用状況などが指標となる。

コスト

人材に関する費用を示す領域。
従業員一人当たりの人件費、研修費用などが指標となる。

多様性(ダイバーシティ)

組織の多様性を示す領域。
性別、年齢、国籍などの多様性、管理職における多様性の状況などが指標となる。

リーダーシップ

組織のリーダーシップの質を示す領域。
リーダー育成プログラムの実施状況、リーダーシップに関する従業員評価などが指標となる。

組織文化

企業の文化や価値観を示す領域。
従業員満足度、組織の価値観への共感度などが指標となる。

組織の健康と安全性

従業員の健康と安全に関する領域。
労働災害の発生率や健康診断の受診率などが指標となる。

生産性

従業員の生産性を示す領域。
従業員一人当たりの売上高や利益などが指標となる。

採用、異動、離職

人材の流動性を示す領域。
新規採用率、内部異動率、離職率などが指標となる。

スキルと能力

従業員のスキルや能力を示す領域。
研修の実施状況や資格取得率などが指標となる。

後継者育成

将来のリーダー育成に関する領域。
後継者計画の策定状況や、重要ポジションの内部昇進率などが指標となる。

労働力

組織の人員構成を示す領域。
正社員比率、契約社員比率、従業員の年齢構成などが指標となる。

 

 

参考リンク:ISO 30414:2018(en) Human resource management

ISO 30414:2018|日本企規格協会グループ(有料による報告書販売)
ヒューマンリソースマネジメント-内部及び外部人的資本報告の指針

ISO30414 認定審査の流れ 

2024年現在、ISO30414の認証は、パキスタンのHR Metrics社と株式会社HCプロデュース
の2社による共同認証となっています。日本では唯一、ISO30414認証機関である株式会社HCプロデュースがISO30414の審査を実施しており、主に3つの方法で組織の人的資本管理を総合的に評価しています。

データの確認

データの確認では、以下の3つの主要なポイントが審査されます。

  • データを取得する仕組みが正しく機能しているか
  • 仕組みに基づいてデータが正しく収集されているか
  • データが経年で取得できているか

例えば、ハラスメント【7】の匿名通報システムなど、ISO30414が示す各指標に関して適正なルールと仕組みがあり、それらが効果的に機能しているかどうかを確認します。また、データの収集と報告が適切に行われているか、そしてデータの経年比較と改善のプロセスが実効性を持って機能しているかもチェックされます。

インタビュー

インタビューでは、経営者、人事責任者、各データの管理責任者などに対して、以下の点について詳しく聞き取りを行います。

  • 認証取得の目的
  • 人的資本に関する考え方
  • 事業戦略との関連性

実査

実査では、審査員が実際に職場に赴き、インタビューで得た情報が実態を伴って機能しているかどうかを確認します。現場の従業員に話を聞き、以下の点を評価します。

  • 従業員エンゲージメント
  • 組織のカルチャー
  • 人事施策の浸透度

 

認証取得後は、1年ごとに簡易的な監査が行われ、3年ごとに再審査が実施されます。これにより、組織が継続的に人的資本管理の基準を満たしているかを確認します。

参考リンク:株式会社HCプロデュース

経営者・人事担当者のための「ISO30414」Q&A

Q1: ISO30414は法的に義務付けられているのですか?

A: ISO30414は現時点では任意の規格であり、法的な義務付けはありません。しかし、人的資本の重要性が高まる中、多くの企業が自主的に導入を進めています。この規格は、企業の人材戦略や組織の競争力強化に役立つと認識されており、投資家や求職者に対する透明性向上にも寄与します。

Q2: 中小企業でもISO30414を導入する必要がありますか?

A: はい、企業の規模にかかわらず、ISO30414を導入することをお勧めします。人材
は企業の成長と競争力の源泉であり、適切な管理と開示は投資家や顧客からの信頼
向上にもつながります。中小企業の場合、自社の状況に応じてまずは従業員数や
離職率など基本的な指標から段階的に導入するとよいでしょう。

Q3: 従業員の同意なしに人的資本情報を開示してよいのでしょうか?

A: 基本的に、ISO30414で開示する情報は集計データであり、個人を特定できる情報は含まれません。ただし、従業員に対して情報開示の目的や範囲について事前に説明し、理解を得ることが重要です。

まとめ

ISO30414は、組織の最も重要な資産である「人」に関する情報を体系的に報告するための国際規格です。この規格の導入により、企業の人的資本に関する透明性が高まり、投資家や求職者にとって役立つ情報源となります。
今後、ESG投資の拡大や人材獲得競争の激化に伴い、ISO30414の重要性はさらに高まると予想されます。企業は、この規格を単なる報告ツールとしてではなく、人材戦略のための重要な指針として活用することが求められます。

関連用語

【1】人的資本

企業や組織の価値創造に貢献する従業員の知識、スキル、経験、能力、健康の総体。「人」を経済的価値を生み出す重要な資産とする概念。

【2】ステークホルダー(Stakeholders)

企業活動に影響を与えたり、影響を受けたりする利害関係者。従業員、顧客、株主、取引先、地域社会などが含まれる。

【3】ESG投資

持続可能な社会の実現と企業の長期的な成長を目指すため、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3要素を考慮して行う投資手法。

【4】人材版伊藤レポート(リスキリング用語集②

経済産業省が発表した、企業が人的資本を活用し、持続的成長を図るための指針。スキル開発や多様な人材の活用を通じて、競争力強化を目指すことを提言している。

【5】エンゲージメント(Engagement)(リスキリング用語集⑧

従業員の仕事や組織に対する熱意、関与度を表す概念。生産性向上や離職率低下につながり、組織の成長に重要な要素。

【6】企業内大学

企業が独自に開発・提供する教育システム。大学のように専門的かつ包括的な教育を提供することを示し、従業員に体系的な学習プログラムを提供する仕組み。

【7】ハラスメント(Harassment)

職場や社会において、相手に対して不快感や脅威を与える言動や行為。加害者本人に悪意がなくても、受け手が不快に感じれば問題となる。