3P・5Fモデル さんぴー・ごえふもでる
近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。
本用語集では「3P・5Fモデル」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。
目次
「3P・5Fモデル」をひとことでいうと?
3P・5Fモデルは、人材戦略を構築する際に求められる3つの視点(3P: Perspectives)と5つの共通要素(5F: Common Factors)を組み合わせたフレームワークです。
3P・5Fモデルの基本概念
3P・5Fモデルは、2020年に経済産業省が発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」通称:人材版伊藤レポート【1】で提唱されました。このモデルは、人材戦略を構築する際に求められる3つの視点(3P: Perspectives)と5つの共通要素(5F: Common Factors)を組み合わせたフレームワークで、経営戦略と人材戦略を連携させ、企業の持続的な成長を支援することを目的としています。
3P・5Fモデルが注目されている背景
3P・5Fモデルが注目を集めている背景には、急速に変化する経営環境や変化の激しい時代における人材戦略の重要性など、複数の要因が絡み合っています。
人的資本経営【2】の重要性の高まり
企業の持続的な成長において、人材が最も重要な資産であるという認識が広まっています。3P・5Fモデルは、この人的資本を戦略的に管理・活用するためのフレームワークとして有効であり、VUCA時代【3】への対応も可能にします。
VUCA時代と働き方改革への対応
変動性、不確実性、複雑性、曖昧性が高まるVUCA現代において、柔軟で適応力のある人材戦略が求められています。同時に、日本政府が推進する働き方改革に対応するため、多くの企業が人材戦略の見直しを迫られています。3P・5Fモデルは、これらの課題に対する包括的なアプローチを提供し、戦略的な改革を進めるための指針となります。
デジタルトランスフォーメーション(DX)【4】への対応
DXの推進には、新しいスキルセット【5】を持つ人材の育成・獲得が不可欠です。3P・5Fモデルは、このような人材戦略の転換を支援し、企業の競争力強化につながります。
3P・5Fモデルの構成要素
人材戦略に求められる3つの視点(3P: Perspectives)
1. 経営戦略と人材戦略の連動
人材戦略が経営戦略を効果的に支援し、実現することを目指します。
経営戦略と人材戦略の一貫性を保つことは、企業の持続的成長を支える基盤です。単なる一致ではなく、双方向的な連携が求められます。つまり、経営戦略が人材戦略に影響を与えるだけでなく、人材戦略が経営戦略に新たな可能性をもたらすことが理想的です。経営戦略の変化に即応し、人材配置や育成が戦略的に最適化されることが求められます。
2. As is – To be【6】ギャップの定量把握
現状(As is)と目指すべき姿(To be)の差を数値で明確にし、具体的な改善策を立てます。企業の未来像に対して、現在の人材やスキルセットのどこに不足があるかを定量的かつ定性的に把握し、そのギャップを埋めるための継続的な対応が求められます。未来に必要なスキルは市場の変化によって常に進化しますが、その変化を追い続けるための戦略的なスキルマッピング【7】が効果的です。
3. 企業文化への定着
人材戦略を実行する過程で、望ましい企業文化を形成し、根付かせます。組織文化が単なるスローガンで終わるのではなく、実際に行動に反映され、日常業務の中で体現されることが不可欠です。文化を変えるには、リーダー層だけでなく、全ての従業員が新しい価値観に基づいて行動し、フィードバックを通じてさらにその文化を強化していくプロセスが必要です。企業文化は、企業の競争力を強化し、イノベーションを促進する力として機能します。
人材戦略に求められる5つの共通要素(5F: Common Factors)
1. 動的な人材ポートフォリオ【8】
環境変化に応じて柔軟に人材構成を最適化します。必要に応じて迅速に人材を補充・再配置できるシステムを整備します。定期的に組織全体のスキルやパフォーマンスを評価し、柔軟に人材の流動性を保つことが重要です。
2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン【9】
多様な知識や経験を持つ人材を活用し、誰もが活躍できる組織を作ります。
性別、年齢、国籍などの多様性に加え、異なる業界経験や専門性を持つ人材を積極的に登用します。
3. リスキル【10】・学び直し
従業員のスキルを継続的に更新し、新しい課題に対応できる能力を育成します。
リスキルは単なるスキルアップだけでなく、企業の競争力を高め、長期的な成長を支える戦略の一部として考えられます。社員のキャリア形成に合わせた個別のリスキル計画を立て、社内の学習文化を育てます。
4. 従業員エンゲージメント【11】
従業員の仕事への熱意と組織への帰属意識を高めます。
定期的な1on1ミーティングの実施や、社内コミュニケーションツールの活用などを通じて、従業員の声に耳を傾けます。エンゲージメントを高めるには、社員一人ひとりが企業のビジョンやミッションに共感し、やりがいを感じながら働ける環境を作ることが不可欠です。企業の戦略や目標に対して個々の貢献がどう結びついているかを明確にすることが重要です。
5. 時間や場所にとらわれない働き方
柔軟な勤務形態を導入し、生産性と従業員満足度の向上を図ります。
柔軟な働き方は、従業員の生産性を向上させるだけでなく、ワークライフバランス【12】を向上させ、企業全体のパフォーマンスを最適化します。単にリモートワークを導入するだけでなく、各従業員のライフスタイルや個別のニーズに応じた働き方を提供することが鍵となります。
出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~
3P・5Fモデルに取り組む企業の実践事例
経済産業省が2022年5月に公開した「人材版伊藤レポート2.0〜実践事例集」は、人的資本経営の導入を検討する企業にとって貴重な資料となっています。ここでは、いくつかの先進企業が3P・5Fモデルの視点や要素を実際にどのように実践しているか具体的に紹介します。
成果重視から挑戦重視の企業文化へ〜花王株式会社
花王は、従来のKPI【13】ベースの目標管理・評価制度から、「ありたい姿や理想に近づくための高く挑戦的な目標」として、OKR(Objectives & Key Results)【14】を導入し、挑戦重視の文化へと転換しました。この新しいアプローチでは、社員が自ら高い目標を設定し、その挑戦を通じて個人の成長と会社の発展、さらには社会貢献を目指しています。また、OKRをグループ全体で共有し、部署を超えた社員同士の対話とブラッシュアップを奨励しています。
<3P・5Fの具体的な取り組み> (参考資料内 28ページ) |
参考リンク:事例06〜花王株式会社
人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集|経済産業省
事業領域の拡大で継続的なリスキリング〜株式会社サイバーエージェント
サイバーエージェントは、事業領域の拡大に伴い、継続的なリスキリング【15】を戦略的に実施しています。新規事業に必要なスキルを明確に特定し、社内リソースが不足している分野では、積極的に外部人材を登用しています。さらに、社員同士が学び合う勉強会形式の取り組みを導入して協調的な学習環境を用意し、効果的なリスキリングの実現に大きく貢献しています。
<3P・5Fの具体的な取り組み> (参考資料内 39ページ) |
参考リンク:事例09〜株式会社サイバーエージェント
人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集|経済産業省
経営陣から広がる戦略的なダイバーシティ改革〜三菱ケミカル株式会社
三菱ケミカルは、経営陣に多様な人材を活用することでダイバーシティ改革を進め、役員や主要子会社社長の多様性に関するKPIを設定しています。また、女性の上級管理職層の育成のため、外部採用と社内育成を並行して進めるとともに、若手社員には幹部層へ提言する機会を提供しています。さらに、社内育成とともに過去に退職した元従業員を再雇用して専門性を持つ人材を確保し、多様性の促進を図っています。
<3P・5Fの具体的な取り組み> (参考資料内 73ページ) |
参考リンク:事例17〜三菱ケミカル株式会社
人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集|経済産業省
経営者・人事担当者のための「3P・5Fモデル」Q&A
Q1:3P・5Fモデルを導入するための最初のステップは?
A: 3P・5Fモデルを導入するための最初のステップは、経営陣と人事部門が連携し、経営戦略に基づいた人材戦略を連動させることです。具体的には、スキルギャップ分析を行い、現在の人材の状況と未来のニーズを比較します。そこからリスキル計画や行動を促す施策を段階的に実施し、従業員のエンゲージメントや組織の柔軟性を高めていきます。
Q2: 3P・5Fモデルにおける「5つの共通要素」の優先順位は?
A: 5つの共通要素の優先順位は、各企業の状況や課題によって異なります。優先順位
を決定する際は、まず現状分析を行い、最も改善が必要な領域を特定することが重
要です。たとえば、人材流出が課題の企業ではエンゲージメント向上を、スキルギャップが大きい企業では育成を優先するなど、自社の状況に応じて対応することが求められます。
Q3: 3P・5Fモデルを活用する際、どのようなKPIを設定すべきですか?
A: 3P・5Fモデルを活用する際のKPIは、一般的には以下のような指標が考えられます。「人材獲得」に関しては、採用成功率や離職率、「育成」では研修参加率やスキル習得度、「配置・適材適所」では従業員満足度や生産性指標、「評価・報酬」では目標達成率や報酬満足度、「エンゲージメント・生産性向上」ではエンゲージメントスコアや一人当たりの売上高などが挙げられます。これらのKPIを定期的に測定し、改善サイクルを継続することで、人材戦略の効果を最大化します。
まとめ
3P・5Fモデルは、人的資本経営を進めるための実用的なフレームワークです。このモデルは、経営戦略と人材戦略を結びつけ、変化する市場に対応する方法を示します。企業の持続的な成長には、人材の適切な配置と育成が欠かせません。
3P・5Fモデルの価値は、単なる理論的枠組みにとどまらず、実践的な指針として機能することにあります。3つの視点(3P)と5つの共通要素(5F)を組み合わせることで、企業が一貫した目標に向かって成長するための土台となります。
関連用語
【1】人材版伊藤レポート(リスキリング用語集②)
経済産業省が発表した、企業が人的資本を活用し、持続的成長を図るための指針。スキル開発や多様な人材の活用を通じて、競争力強化を目指すことを提言している。
【2】人的資本経営(リスキリング用語集①)
従業員を単なるコストではなく、企業の成長と価値創造の源泉となる重要な資産として捉え、戦略的に活用する経営手法。
【3】VUCA時代
Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、不確実で予測困難な時代を指す。
【4】デジタルトランスフォーメーション(DX)
デジタル技術を活用して、ビジネスモデルや組織文化を根本的に変革し、顧客価値や競争力を高めるプロセス。単なるIT化ではなく、デジタル技術を核とした経営戦略の変革を意味する。
【5】スキルセット(Skill Set)
個人が持つ知識、能力、経験の総体。職務遂行に必要な複数のスキルの組み合わせを指す。
【6】As is – To be
現状(As is)と理想の状態(To be)を比較分析し、目標達成のための戦略を立てる手法。
【7】スキルマッピング (Skills mapping)
組織全体のスキル状況を可視化し、現在の組織能力と将来必要となるスキルのギャップを特定する手法。
【8】人材ポートフォリオ
組織内の人材をスキル、経験、役割などから分析し、最適な配置と活用を図る戦略的アプローチ。
【9】ダイバーシティ&インクルージョン
多様な背景や価値観を認め、尊重し、それぞれの個性や能力を活かす組織づくりの考え方。
【10】リスキル(Reskill)
従業員、個人が新しいスキル、能力を習得すること。
【11】エンゲージメント (Engagement)
従業員の仕事や組織に対する熱意、関与度を表す概念。生産性向上や離職率低下につながり、組織の成長に重要な要素。
【12】ワークライフバランス(Work-Life Balance)
仕事と私生活の調和を保ちながら両立させる考え方。企業が柔軟な働き方を提供し、従業員の生活の質と仕事の効率を向上させるために重要。
【13】KPI (Key Performance Indicator)
組織や個人の業績を評価するための主要な指標。目標達成度や効率性を測定し、戦略的な意思決定や改善活動の基準となる。
【14】OKR(Objectives & Key Results)
目標設定と成果管理のフレームワーク。企業やチームの目標(Objectives)と具体的で測定可能な指標(Key Results)を設定し、成果を追求する手法。
【15】リスキリング(Reskilling)
従業員に新しいスキル、能力を習得させることで、職場の変化や新たな業務にも対応できるようにする取り組み。