アルムナイ あるむない
近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。
本用語集では「アルムナイ」に関連する概念を初心者にもわかりやすく解説していきます。
目次
「アルムナイ」をひとことでいうと?
「アルムナイ」とは、企業を退職した元社員を指す言葉です。
アルムナイ(Alumni)は、ラテン語で「卒業生」を意味する言葉に由来します。
アルムナイの基本概念
企業におけるアルムナイとは、単なる「退職者」ではなく、「組織との関係を継続する価値ある人材」として捉えられています。この概念は、従来の退職=関係の終了という考え方から「退職後も継続的な関係を維持する」という新しい人材戦略へのシフトを示しています。
退職後も継続的な関係を維持する仕組み「アルムナイネットワーク【1】」の意義は、元社員を単なる過去の人材ではなく、貴重な人的資本【2】として捉えることにあります。元社員は企業文化を熟知し、多くのスキルや経験を備えているため、企業にとって価値のあるリソースとして再び関わる機会を提供します。
アルムナイが注目されている背景
アルムナイが注目を集めている背景には、企業を取り巻く環境の急速な変化や人材戦略の進化が大きく関わっています。現在、民間企業をはじめ、地方自治体や官庁でもアルムナイ採用の取り組みが始まっています。
少子高齢化と労働力不足
日本では少子高齢化が急速に進行し、労働力人口の減少が深刻な問題となっています。この状況下で、企業は人材の確保と活用に苦心しており、アルムナイ採用は貴重な人材リソースを最大限に活用する手段として注目されています。経験豊富な元従業員との関係を維持することで、企業は即戦力となる人材を確保し、労働力不足に対応することができます。
優秀な人材確保の激化
グローバル化やテクノロジーの進歩により、企業間の人材獲得競争は一層激しさを増しています。アルムナイを活用することで、企業は信頼できる元従業員を質の高い人材として効率的に獲得できる可能性が高まります。このような背景から、アルムナイが企業の人材戦略において重要な位置を占めるようになってきています。
人的資本の活用への関心
近年、従業員のスキル、知識、経験を企業の重要な資産として捉え、戦略的に活用・育成する人的資本経営【3】が注目されています。2022年に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート2.0【4】」においても、企業の持続的な価値創造における人的資本の重要性を強調しています。このレポートは、人材戦略を経営戦略と一体化させることの重要性を説いており、アルムナイ戦略はこの考え方を実践する上で重要な役割を果たします。人的資本経営の重要性の認識が高まる中、アルムナイに注目する企業も増えてきています。
参考リンク:
人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~|経済産業省
カムバック制度とアルムナイ採用の違い
以前からカムバック制度を取り入れる企業もありますが、近年ではアルムナイ採用という新たなアプローチが注目されています。カムバック制度とアルムナイ採用は、どちらも退職者との関係を維持するための施策ですが、その目的やアプローチには違いがあります。
カムバック制度
カムバック制度は、出産や子育て、介護、家族の転勤などの理由で一度離職した社員を再雇用する仕組みです。この制度は、優秀な人材の流出を防ぎ、多様な働き方を支援することを目的としています。カムバック制度は、従業員のライフステージに合わせた柔軟な人材活用策として機能しています。
アルムナイ採用
アルムナイは、企業を退職した元社員を指しますが、カムバック制度が主に再雇用を目的としているのに対し、アルムナイの概念はより広範囲です。アルムナイは、再雇用の可能性だけでなく、外部の協力者やブランドサポーターとしての役割も担います。企業は専用のプラットフォームやイベントを通じてアルムナイとの関係を維持し、ネットワークの拡大、知識共有、ブランド強化など、多様な形で元社員の価値を活用します。
アルムナイ採用のメリット
アルムナイ採用には、企業にとって多くの利点があります。これらは単なる人材確保を超えて、企業の持続的な成長と競争力強化につながる重要な要素となっています。
即戦力の人材確保
企業文化や業務プロセスを理解している元従業員を再雇用することで、迅速な戦力化が可能です。新人教育にかかる時間やコストも大幅に削減できます。
企業ブランディングの向上
元従業員との良好な関係維持は、「人材を大切にする企業」というポジティブなイメージにつながります。このような評判は、優秀な人材の獲得や顧客からの信頼獲得に寄与します。
採用コストの削減
アルムナイネットワークを通じた採用は、一般的な採用方法と比べてコストを低く抑えられます。また、すでに企業文化を理解している人材を採用できるため、ミスマッチのリスクも低減できます。
アルムナイ採用のデメリット
アルムナイ採用には多くのメリットがある一方で、いくつかの課題や注意点も存在します。これらのデメリットを認識し、適切に対処することが、効果的なアルムナイ戦略の実施には不可欠です。
機密情報の漏洩リスク
元従業員との継続的な交流により、意図せず機密情報が外部に流出する可能性があります。このリスクを管理するための適切な情報セキュリティ対策が不可欠です。
現職社員のモチベーション低下の可能性
アルムナイへの特別な待遇が、現職社員の不満を招く可能性があります。公平性を保ちつつ、現職社員とアルムナイの両方にメリットのあるプログラム設計が求められます。
組織文化の変化への対応
長期間離れていた元従業員が戻ることで、組織文化や業務プロセスの変化に適応するのに時間がかかる場合があります。円滑な再統合のためのサポート体制が必要となります。
アルムナイ活用に取り組む企業事例
3年間でアルムナイ登録者は10倍〜みずほファイナンシャルグループ
みずほフィナンシャルグループは、2020年度にグループ5社を対象としたアルムナイネットワークを立ち上げ、スタート時のアルムナイ登録者数114人から、2024年7月時点では1529人と、3年間で約10倍に増加しました。このプログラムの主な狙いは、単なる再雇用だけではなく、新しい価値の創発にあります。元社員向けの求人情報の提供やネットワーキングイベントの開催を通じて、多様な経験と視点を持つアルムナイとの交流を促進しています。
参考リンク:
みずほFG、採用目的ではなくアルムナイとの「対話」を重視。登録者1500人超へ|日経BP
アルムナイネットワークで持続的成長を目指す〜双日株式会社
双日株式会社は、2021年3月にアルムナイネットワークを立ち上げました。このプログラムでは、退職者と現役社員が交流できるプラットフォームを提供し、双日グループの最新情報や求人情報を共有しています。また、アルムナイの知見やネットワークを活用した新規ビジネス創出も目指しています。「退職しても双日と関わりたい」と思われる企業となることで事業と人材を継続的に創造する総合商社として、長期的な成長を追求しています。
参考リンク:多様なキャリア・働き方を実現する新たな取組みについて|双日株式会社
「人のエコシステム」で継続的な関係性を構築〜サイボウズ株式会社
サイボウズは、アルムナイへの取り組みを通じて、元社員との継続的な関係構築を重視しています。同社は退職を「卒業」と捉え、Cybozu Incredible Alumni(CIA)というコミュニティで「人のエコシステム」の構築を目指し、年1回の大規模なオフラインイベントやミートアップの開催などを行っています。これらの取り組みは、サイボウズの「働き方改革」の一環として位置づけられ、多様なキャリアパスを尊重する企業文化を体現しています。
参考リンク:サイボウズのアルムナイ|サイボウズ株式会社
アルムナイ戦略の成功のカギ:3つの視点
アルムナイ戦略を成功させるためには、「企業」「アルムナイ」「現職社員」の三方にとって価値ある三方良しの関係を構築することが重要です。三方の視点を考慮し、バランスの取れたアルムナイ戦略を展開することで、組織全体の成長と持続可能な発展が実現できます。
企業の視点
企業にとって、アルムナイ採用は単なる人材確保以上の戦略的意義を持ちます。アルムナイは組織文化を理解し、即戦力として活躍できる貴重な人材です。彼らが外部で得た新しい知見や経験は、イノベーションの源泉となり、企業に新たな視点をもたらします。また、アルムナイネットワークの構築は、業界内での影響力拡大やビジネス機会の創出にもつながります。
アルムナイの視点
アルムナイにとって、元の職場への復帰は新たなキャリアステージの始まりを意味します。彼らは馴染みのある環境で、外部で培った経験やスキルを活かせる機会を得られます。また、以前の人脈や知識を基盤に、より高度な役割や新しいプロジェクトに挑戦できる可能性が広がります。このような機会は、個人のキャリア発展と自己実現に大きく寄与します。
現職社員の視点
現職社員にとって、アルムナイの存在は刺激と学びの源となります。外部での経験を持つ同僚との協働は、新しい視点や方法論に触れる機会を提供し、職場の活性化につながります。また、アルムナイの復帰は、組織が多様なキャリアパス【5】を尊重していることの証となり、現職社員自身のキャリア選択の幅を広げる可能性を示しています。これは、長期的な人材定着にも貢献します。
経営者・人事担当者のための「アルムナイ」Q&A
Q1:アルムナイネットワークがあることで、退職が助長されるのでは?
A: 一部の従業員がアルムナイの存在によって退職の決意を固める場合もありますが、ネットワークの目的は退職を促すことではありません。むしろ退職後も良好な関係を維持し、将来的に再雇用者やビジネスパートナーとして協力しやすくすることが目的です。
Q2: 現職員は、元社員が特別待遇されていると感じませんか?
A: アルムナイネットワークは現職員と元社員の双方にとって有益なものです。企業はアルムナイを特別に優遇するのではなく、ビジネスのための人的資本として彼らの知見やネットワークを活用します。また、現職社員向けにもネットワークの意義を説明し、互いのメリットを理解してもらうことが大切です。
Q3: 競合他社に転職したアルムナイもネットワークに参加させますか?
A: 競合他社に転職したアルムナイについては、企業ごとにポリシーが異なります。一般的には、競合に関する機密情報が共有されない限り、アルムナイとの関係を続けることは可能です。競合関係にあっても、業界全体の発展に寄与するような共同プロジェクトを検討することで、Win-Win【6】の関係を構築できる可能性があります。
まとめ
アルムナイ戦略は、企業の成長と持続可能性を高める重要な要素として注目されています。元従業員を単なる「退職者」ではなく、価値ある人的資本として捉え直すこの概念は、企業の人材戦略に新たな視点をもたらしています。
一方で、現職員の感情や競合他社との関係など、慎重に扱うべき課題も存在します。これらを適切に運用しつつ、アルムナイとの関係を長期的に継続することで、アルムナイ戦略は企業の長期的な成長と競争力強化に大きく貢献する可能性を秘めています。
関連用語
【1】アルムナイネットワーク
企業の元従業員とのつながりを維持・活用するネットワーク。単なる人材の再雇用にとどまらず、新たな協力関係や事業展開の可能性を探る戦略的な取り組み。
【2】人的資本
企業や組織の価値創造に貢献する従業員の知識、スキル、経験、能力、健康の総体。「人」を経済的価値を生み出す重要な資産とする概念。
【3】人的資本経営(リスキリング用語集①)
従業員を単なるコストではなく、企業の成長と価値創造の源泉となる重要な資産として捉え、戦略的に活用する経営手法。
【4】人材版伊藤レポート2.0(リスキリング用語集②)
経済産業省が発表した、企業が人的資本を活用し、持続的成長を図るための指針。スキル開発や多様な人材の活用を通じて、競争力強化を目指すことを提言している。
【5】キャリアパス(Career Path)
従業員の職業人生における成長の道筋。個人の能力開発や目標達成を支援するとともに組織の人材育成戦略にも役割を果たす。
【6】Win-Win
双方が利益を得られる状況や結果。ビジネスにおいて理想的な関係性を示す。