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人材版伊藤レポート1.0 ダイジェスト版 じんざいばんいとうれぽーといってんぜろ だいじぇすとばん

公開日:2024.12.24
人材版伊藤レポート1.0 ダイジェスト版

近年、急速な技術革新やビジネス環境の変化に伴い、企業にとって「リスキリング」の重要性が高まっています。リスキリングとは、従業員の既存のスキルを更新し、新しい能力を身につけさせることで、変化する職場のニーズに適応させるだけでなく、新しい業務や職業にも対応できるようにする取り組みです。

企業の人材戦略の重要性が増す中で注目を集めているのが「人材版伊藤レポート」です。
本用語集は、初版「人材版伊藤レポート1.0」をダイジェスト形式でまとめました。

人材版伊藤レポートの全体解説は「リスキリング用語集:人材版伊藤レポート」をご覧ください。

「人材版伊藤レポート」をひとことでいうと?

人材版伊藤レポートとは、「会社の価値を長期的に高めるには、従業員の能力や経験、知識といった「人」に関する資産を大切にし、戦略的に活用することが重要」という考え方を広めるために経済産業省が発表した報告書です。

人材版伊藤レポート1.0 の基本概念 

2020年9月、経済産業省は企業の人材戦略に関する画期的な指針として、初版「人材版伊藤レポート」を発表しました。(ここでは、初版の人材版伊藤レポートを人材版伊藤レポート1.0と表記しています)このレポートは、急速に変化するビジネス環境において、企業が持続的な価値向上を実現するための人材戦略の在り方を包括的に示したものです。
特に注目すべきは、人的資本を企業の競争力の源泉として位置づけ、経営戦略と人材戦略の統合的なアプローチを提唱している点です。従来の人事管理の枠を超えて、企業の長期的な成長と競争力強化に向けた具体的な指針と実践的なフレームワークを提供しています。

人材版伊藤レポート1.0 の主な提言

人材版伊藤レポート1.0は、人材を「財」として捉え、人材戦略を企業の競争力の源泉として位置づけています。人的資本経営【1】の観点から、経営戦略と人材戦略の連動が不可欠であり、経営陣、特にCHRO【2】(最高人事責任者)のイニシアティブが重要であると提言しています。

持続的な企業価値の向上と人的資本

第四次産業革命や少子高齢化などの環境変化に対応するため、企業は経営理念や存在意義を再確認し、人材戦略を変革する必要があります。本レポートでは、企業と個人を取り巻く環境の大きな変化に焦点を当てています。

  • 新型コロナウイルス感染症がもたらした急激な社会変化と企業への影響
  • 第四次産業革命による産業構造の劇的な変化(AIやIoT【3】の台頭など)
  • 個人のキャリア観の変化(終身雇用からジョブ型雇用【4】へのシフトなど)

また、ESG投資【5】の観点からも、「S(ソーシャル)」の要因として人的資本の重要性が高まっています。これらの変化を踏まえ、企業が今後取るべきアクションの指針となる変革の方向性を提示しています。

出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~

経営陣、取締役会、投資家が果たすべき役割

本レポートでは、企業の変革を推進する上で重要な3つのステークホルダー【6】に焦点を当て、それぞれの役割と期待されるアクションについて解説し、各ステークホルダーが協調して行動することで、効果的な人材戦略の策定と実行が可能になることを強調しています。

経営陣

変革をリードし、人材戦略と経営戦略を統合する役割

経営理念を明確に定義し、それに基づいた経営戦略を策定します。その上で、その戦略を実現するために必要な人材戦略を立案します。特に、Chief Human Resources Officer (CHRO) は人材戦略の立案と実行において中心的な役割を果たします。例えば、必要なスキルセット【7】の特定、人材育成プログラムの設計、組織文化の形成などを主導します。

取締役会

人材戦略の実行状況を確認し、経営陣の取り組みを評価・監督する役割

経営陣が提案した人材戦略を客観的に評価し、承認します。その後、戦略の実行状況を定期的に確認し、必要に応じて修正を提案します。具体的には、従業員エンゲージメント【8】、離職率、スキル獲得率などのKPI(Key Performance IndicatorsI) 【9】を用いて、戦略の効果を測定し、監視します。

投資家

経営陣との建設的な対話を通じて、人的資本への投資の重要性を促す役割
企業との対話を通じて、中長期的な企業価値向上につながる人材戦略について理解を深めます。特に、人材への投資額、従業員満足度、ダイバーシティ【10】指標などの「見える化」された情報を重視し、これらの指標が企業の将来的な成長にどのように寄与するかを評価します。また、これらの情報開示を積極的に促すことで、企業の人材戦略の透明性向上に貢献します。

出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~

人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素

本レポートでは、経営陣が主導して策定・実行する人材戦略について、経営戦略と連動させる重要性を説いています。特に注目すべきは、3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素(Common Factors)を組み合わせた「3P・5Fモデル」【11】です。

人材戦略に求められる3つの視点(3P: Perspectives)

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
  2. As is – To be【12】ギャップの定量把握
  3. 人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着

人材戦略の5つの共通要素(5F: Common Factors)

  1. 動的な人材ポートフォリオ
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン【13】
  3. リスキル・学び直し
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれない働き方

これらの視点と要素を組み合わせることで、企業は包括的で効果的な人材戦略を策定することができます。3Pの視点は、異なる立場からの検討を可能にし、5Fの共通要素は、具体的なアクションの指針を提供します。3P・5Fモデルは、現代の企業が直面する人材に関する複雑な課題に対して、体系的なアプローチを提供する実践的なフレームワークとなっています。

出典:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート ~

人材版伊藤レポート1.0と2.0の比較

人材版伊藤レポートは、2020年に初版が、2022年に2.0版が公開されました。各版は異なる視点を持っています。以下の表で各版の主要な違いをまとめました。この比較は、人的資本経営の概念がどのように発展し、より実践的なアプローチへと移行したかを示しています。

  項目   人材版伊藤レポート1.0   人材版伊藤レポート2.0
  目的   人的資本を見える化する基盤構築   人的資本経営を浸透させる実践手法
  特徴   基本的な概念レベル   具体的な実務レベル
  手法   フレームワークを提案   KPIや成功事例を元に実践手法
  対象   主に大企業向け   中小企業を含むすべての企業規模

まとめ

人材版伊藤レポート1.0は、人材戦略を企業価値向上の核心として位置づけ、初めて体系的な指針を示した画期的な文書です。経営陣、取締役会、投資家それぞれの役割を明確にし、具体的な視点と共通要素を提示することで、企業が実践的に人材戦略を展開するための基盤を築きました。

この初版は、人的資本経営の重要性を広く認識させ、企業の人材戦略に関する議論を活性化させる触媒としての役割を果たしました。また、後続の2.0版へとつながる重要な第一歩となり、日本企業の人材戦略の進化に大きく貢献しています。

関連用語

【1】人的資本経営(リスキリング用語集①

従業員を単なるコストではなく、企業の成長と価値創造の源泉となる重要な資産として捉え、戦略的に活用する経営手法。

【2】CHRO (Chief Human Resources Officer)(リスキング用語集⑨

最高人事責任者。企業の人材戦略を統括し、組織全体の人的資本管理を担当する重要な経営幹部。

【3】IoT(Internet of Things)

モノのインターネット。様々な機器やセンサーがインターネットに接続され、データを収集・交換する技術。

【4】ジョブ型雇用(リスキング用語集⑤

個人の職務や役割を明確に定義し、その職務に適した人材を採用・配置する雇用形態。

【5】ESG投資

持続可能な社会の実現と企業の長期的な成長を目指すため、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3要素を考慮して行う投資手法。

【6】ステークホルダー(Stakeholders)

企業活動に影響を与えたり、影響を受けたりする利害関係者。従業員、顧客、株主、取引先、地域社会などが含まれる。

【7】スキルセット(Skill Set)

個人が持つ知識、能力、経験の総体。職務遂行に必要な複数のスキルの組み合わせを指す。

【8】エンゲージメント(Engagement)(リスキング用語集⑧

従業員の仕事や組織に対する熱意、関与度を表す概念。生産性向上や離職率低下につながり、組織の成長に重要な要素。

【9】KPI (Key Performance Indicator)

組織や個人の業績を評価するための主要な指標。目標達成度や効率性を測定し、戦略的な意思決定や改善活動の基準となる。

【10】ダイバーシティ(Diversity)

組織内の多様性を指す。性別、年齢、国籍、文化的背景などの違いを尊重し、多様な人材を活用することで、組織の創造性や競争力を高めることを目指す。

【11】3P・5Fモデル(リスキリング用語集⑦

人材版伊藤レポートで提唱された人材戦略を構築する際に求められる3つの視点と5つの共通要素を組み合わせたフレームワーク。

【12】As is – To be

現状(As is)と理想の状態(To be)を比較分析し、目標達成のための戦略を立てる手法。

【13】ダイバーシティ&インクルージョン

多様な背景や価値観を認め、尊重し、それぞれの個性や能力を活かす組織づくりの考え方。